君は日本酒を飲まない。

日本酒、ビール、食べたもの、読んだ本、英語学習といった日常を綴ってみます。

日本酒を1分で伝える練習。

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1分で何かを伝える。極めてシンプルなトレーニングなのだが、想像以上に難しい。ちなみに、テレビのCMは約15秒。その中で必要十分な情報を届ける構成となっているという。そう考えると、1分というのは、相当な情報提供が可能ということになる。この1分トレ、暇があればやっている。例えば、テレビ番組の合間にCMが4本入るので、その隙間時間に1本行うことがが可能なのだ。

・日本酒とワインの違いは何か。
・製造プロセスはどのようなものか。
吟醸酒はどのようなお酒か。
本醸造酒の魅力はどこにあるのか。
・アルコール添加の是か非か。
・今と昔の日本酒の違いは何か。
・なぜ日本人は日本酒を飲まないのか。

昨年受験したsake diplomaの参考書を引っ張り出して、自分でテーマを作り、1分で説明する。最初はグダグダだが、こなしていく内に1分という感覚がわかってきた。なるほど、相当なボリュームな情報を言葉に乗せることができる。1分というのは絶妙な時間だ。多忙な第三者に何かを説明するのに、1分なら立ち止まってくれる。それ以上なら、誰もが嫌がるであろう。

なぜ、こんな酔狂なことをやっているかというと、別に仕事のためでもない。しかし、このプレゼンスキル、どこかで絶対必要になるという、何やら変な予感がするのだ。今更ビジネススキルという堅い話をする気は全くない。ただ、面白い話や耳を傾けたくなる逸話は、常に自分の懐に持っていて、いつでもアウトプットできる算段にしておきたいだけである。

単身赴任なので、このような強制的な練習を続けないと、本当に話下手になってしまう危機感もある。口下手であっても、話下手だけはごめんであるw 極端な話、インプットとアウトプットの割合は1:9くらいでいいかもしれない。ネタも日本酒だけに留まらず、自分の興味の赴くままの読書は続けようと思う。

別ジャンルの本を同時並行で読むと、何か化学反応が起きるかもしれんし、それもプレゼンに反映できる。つまらん本はどんどん捨てていく。読書は快楽であるべきだ。面白い部分だけつまみ食いして、即座に1分アウトプット。これだけでも知識の定着率が段違いに上がるはずである。

で、この本は面白かった。単純計算で行くと、テーマを20個連続で話せば、20分のプレゼンが可能となる。最終的には、これを英語でやってみようと思っている。外国人にも応用可能であろう。

66歳になるGibsonを抱えて。

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日夜ギターばかり弾いてる。爪が2回割れた。この愛器も久しぶりに弾倒されたせいか、音が格段に前に出るようになった。弾くほど音が乾いていく。これがアコギの醍醐味である。で、GIBSON J45。1955年製造なので御年66歳である。好きな歌手が偶然にも同ギターを使用していたので、次々とミーハー買いして現在に至る。例えば、山崎まさよし(1957年製)、斉藤和義(1968年製)、吉田拓郎(1967年製)、長渕剛(1950年代)といった面々。

初めて買ったJ45はもちろん新品である。20代前半に15万円程度だったと思う。その頃はビンテージギターという存在を知らなかった。ただの中古でしょ、というレベル。さんざん弾倒したが、新品なのでチューニングも安定せず、どうもしっくり来ない。そして30代前半に仕事をさぼり、お茶の水の楽器屋をぶらぶら歩き出会ったのが、1967年製。まず同じ年ということ。そして音が荒くて、ザクザクした音が打楽器のように聞こえ、当時の自分が求めるものと合致した。確か24回払いで購入した記憶がある。

しかし、数年後、またまた満足できなくなり、現在の1955年製を神田の楽器店で購入した。あの当時は留萌にいて、家に届くと家人にばれるので、職場に送ってもらった。何たって全く同じ型のギターなので、途中すり替えても気づかない。取り替えた直後に「何か最近ぼろぼろになったわね」と指摘された際にはかなり動揺したが、修羅場にはならずに済んだのだ。

僕の世代はGIBSONよりもどちらかというと、MARTIN派が大勢である。音色は全く異なる。GIBSONというブランドは精密なMARTINとは異なり、作りがよくも悪くも「いい加減」なところががある。個体による当たり外れもあり、試奏せず通販で購入して痛い目に遭った友人がいる。その点、王道MARTINは安定した音色。高いけどねw

GIBSONは豪快にストローク、MARTINは繊細なので指弾きが最高」というのが定番評価ではあるけど、これはギター個体差による部分が大きい。僕のJ45は意外と指弾きの方がよく鳴る。ストロークもまあ鳴るのだけど、何か音が前に出ない。特に湿気のある日はまず鳴らない。しかし指ではじくと、残響の少ないブルースなんぞはかなりの快感を得ることができる。これが鳴りすぎるMARTINだと音が広がりすぎて、アメリカの乾いた砂漠のような雰囲気が出ないのだ。

で、最近のお気に入りは桑田佳祐の「メンチカツブルース」と「漫画ドリーム」。たぶん10人中9人は知らないと思う超マイナー曲。実は、この2曲に関しては、桑田氏自身がギター1本で弾き語るスタイルなのだ。レアでしょ。これが日本人離れした抜群なビート感を奏でており、かなりご機嫌なチューンなのだ。ぜひ彼のダークサイドな歌を聴いてみてほしい。乾いたギターの音とブルージーな声が調和して、心地がいい。ただし、サザンのテイストは皆無である。

あれ、何の話をしようと思ったのか。そうそう単身赴任は趣味を追求するチャンスということを言いたかったのだ。このように極端にアンバランスな生活をすることで、何か面白いマインドセットや隠れた適性なんかに気づいたりするのではないかと。結局、こういうスピンオフが転勤商売の強みでもある。

土木工学が環境難民を救う。

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温暖化により、ケニアにある二つの湖の水位が上昇し、その湖間距離が急速に縮まっている。片方が塩水湖であり、いずれは湖が一つとなる。そうなると、片方の淡水湖の水源で生計を立てている農家らは生活が成り立たず、最後に自分の故郷を捨てることになり、「難民」となることを既に覚悟しているという。

もう西サハラでは、このような環境難民が発生しており、既存都市への流入による環境悪化が加速しているという。彼らの言い分は、もう二酸化炭素削減というレベルではない。環境難民を受け入れる都市基盤を作るか、新たな受け皿、すなわち「新しい街」を作るべきだという主張。

もうパリ協定を守るか否かという議論は時代遅れだと言う。環境難民は不可避で必然の事実ということに愕然とした。

一次産業のスキルしかない彼らが都市で生きるには、別の教育や職業訓練が必要になる。それを含めた社会インフラに着手しなければならない。しかしその動きはまだ顕在化してはいない。アメリカの一部の都市でシミュレーションしている程度である。

そうなると、彼らの雇用機会の確保を含めて、土木工学はインフラ整備というハード部分を担うことになる。今は維持管理に力点を置く先進国の土木トレンドも、もしかすると近い将来、新たな都市を作る一翼を担う分野として再浮上する可能性もある。

洪水リスクの少ない高台地区を選定、都市計画をかけ、大規模土地開発による難民の受け皿を地球規模で展開していく。そう視点を定めてみると、地味な土木工学は、グローバルな社会貢献を担う重要セクターに変貌する。

そう考えると、まだまだ土木技術が貢献する余地は無限に広がるのだ。1960年代に広がったインフラ整備が別次元の理念の元、新たな形で事業展開される。そこにはITや環境技術という知見が加わり、より俯瞰的な見識が必要となってくるはずだ。

今は荒廃するアメリカの如く、維持管理で一杯一杯の先進国の土木行政は、環境難民のも受け皿としての新たな都市開発という、追求しがいのあるフィールドを得て、新たなイノベーションを含めた勃興が発生すると予測する。

と妄想してみたが、強ち間違ってはいないのではないかと思ってる。ただ日本がどの程度、環境難民を受け入れるのか、国際責務としてノルマが課せられるなら、難民都市のプランニングは、自分としては是が非でもやってみたい。そうなると、ドメスティックに日本語だけでは仕事にならない。英語は最低限のツールとなる。

この考察が帰納法なのか演繹法なのかわからなくなってきたが、ネガティブな事象を、自分に都合よくポジティブに変えていく発想はとても重要だと思ってる。それをしないと、自分の可能性が自ずと限られてしまう。改めて思うが、このTIMEの記事は凄い。難民都市は数年後の重要なキーワードになるだろう。そこに土木技術の復興が絡んでくるはずだ。

英語学習というマスターベーション。

日本人はよく、短い単位の文章を何度も何度もリスニングして、シャドウイング、ディクテーション…徹底して掘り下げる傾向にあります。そしてその勤勉さをよしとする傾向にあります。これは日本人特有の真面目さ、堅苦しい気質に起因するのかなと思ってます。

確かにリスニング能力は上がるかもしれない。しかし、好奇心旺盛な他国の人間は石に齧り付くような訓練はせずに、次々と面白い情報に食いついて、知らぬ間に語学スキルを身につける。興味と学習がタイアップするかしないか。この違いは大きいと思います。同程度の語学技術かもしれないけど、学習プロセスで得たインプットやストーリーの蓄積量には計り知れない差がついている。これが日本人のハンディキャップになっている気がします。

永遠に学習者であり続けることに疑問を感じます。語学に限るなら、生涯学習という言葉は使うべきではないと思っています。僕ら日本人はそこそこのレベルになったら、英語を曲がりなりにも駆使して、発信者もしくはパフォーマーに移行しないと、英語を学ぶ意味がないと思ってます。変な話、中学クラスの英語があれば、もう学習はやめて、貪欲に外国メディアに食いついて行った方がいいのです。そこでつまづいたら辞書を引けばいいだけのこと。

語学は学問ではなく、あくまでもツールであるという解釈。それを使って自分の考えや思いを、下手でもいいから、世界に発信するということ。心地よいマスターベーションから、摩擦や軋轢の多い、でも共感というカタルシスの得られる多様な世界に入り込む勇気があるかないか。

それが無ければ、英語を学ぶ必要はなく、むしろドメスティックに日本人のみに通用する職人的なスキルを学んだ方が遥かに有益な人生を送れると思うのです。

もう、冠詞とか複数形とか、仮定法とか、ネイティブはこうは言わないとか、マナー違反とか。このような議論は不毛です。正誤ではなく、自分たちが幼児の時のように、海外の人とコミュニケートして間違えて、違和感を肌で感じて覚える話題なのです。こういうリミッターは英語上達のブレーキでしかないのです。

この学ぶ会での議論があまりにもディテールに拘泥していたり、はたまたスクールの営業空間になっていたりして、もどかしい感覚を持ちました。正直、そんなのどうでもいいじゃん、というのが本音です。

物議を醸すコメントかもしれません。でも参考意見の一つとして聞いていただけると嬉しいです。語学は補助輪なしの自転車に乗って、転んで膝を擦りむいて覚える実技です。転ぶ前にサポーターを付けたら、失敗した痛みがわかりません。恥をかいてナンボの世界です。学問というカテゴリーから抜け出して、早くアウトプットの世界に来てください。めっちゃ楽しいから。

TIME精読で得たブレイクスルー。

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TIMEは敷居の高い雑誌と言われているが、年に数回、比較的読みやすい号が出る。例えば、先週発売されたNEXT100や、年末恒例のPERSON OF THE YEARは、世界で活躍する政治家、研究者、活動家、俳優、アスリートらを記事にする。イメージは2~3人で1ページを割くので、短文記事が概ね40ページ続く。

TIMEは従来、毎回一つのテーマに絞り、その背景や現状・未来を徹底的に掘り下げる長文記事が通例だ。しかし、この人物特集は記事自体が短いので、初めてTIMEに挑戦しようと思う人には、とっつきやすい号である。なので、表紙に100という数字が目に入ったら、その号は読みやすく、初めてトライする人にとっては「買い」である。

TIMEのレベルが高くて二の足を踏む人が多いが、まずはこのような1冊を買って読んでみることをお勧めする。英検1級の読解問題より難しいとは思うが、世界が運用しているアクティブな言語を知るには、TIMEはベターな選択だと思う。おそらく、100%理解できることは希である。

しかし、通訳でもビジネスの世界でも、常に100%の理解度が得られるとは限らない。極端な話、理解度10%を前提としたディスカッション、ネゴシエーションも十分想定される。その前提に立つと、難解なTIMEを、未熟な理解度でもいいから、その内容を推測するというのは、ビジネス上有効なトレーニングとなる。

また、TIMEを読むには英語学習という枠で測りきれないメリットがある。最大の恩恵は、世界の視座が理解できることにある。定期購読を6年続けているが、世界の中心はやはり、アメリカ、中国の2大国家であることをつくづく痛感する。そして、ロシア・インド・北朝鮮・イランのディスラプター的な存在感が際立つ。これらの国がせめぎ合いながら、インテリジェンスや地政学を駆使して、外交や政治を動かしている。この事象を理解するだけで、価値観や未来の見据え方が劇的に変わる。

前の記事で、TOEICといった資格勉強から早く足を洗って、別のアウトプットを探すべきだという私見を書いたが、その選択肢の一つとして、TIMEとECONOMISTが存在する。僕たち日本人は、躍動した英語を読むべきだと思う。そうしないと、自ら運用する英語が躍動してくれない。

TIMEは知識階級を対象とする故、難易度が高いことは事実だ。しかも学習者は、絶望に向き合えるレジリエンスが必要となる。自分も何度も挫折しかけたが、6年間精読を続けてようやく、一定のブレイクスルーを感じている。脳内にボキャブラリがどこからか溢れてくるカタルシスに近いイメージ。もの凄く時間がかかったというのが本音だが、この選択肢は間違ってなかったと確信している。

もちろん気軽には薦められない。僕の場合、リスニング学習を犠牲にして、毎週届くTIMEの完読を優先した。不安は確かにあったが、その効果が確実にあったということは事実である。ネットで検索してもあまり登場しない、極めてマイノリティな学習法であるが、僕の場合、長期的な視点からの学習法の選択肢として、これに勝るモノはない。

ハワイと日本が陸続きになる日。

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ハワイは、年間8㎝日本に近づいている。

約8000万年後には日本とハワイは陸続きになるのだ。この事実を知ったのは15年前だろうか。8000万年後という壮大な時間と大陸同士が衝突するという真実。驚いたなんてもんじゃない。日本とハワイがくっつくの?信じられないが、それが現代科学の定説と知って、自分の無知を恥じた。

大陸は動いている。ヒマラヤ山脈も今でもインドに押されており、年間数㎝山脈が隆起しているという。凄い話だ。この説をぶちかましたのが、ウェゲナーという科学者。彼の「大陸移動説」は発表当時、異端とみなされ、多くの批判を浴びた。大陸が動くなんて考えられない。その時代はもちろんプレートの移動が大陸を動かすという概念もない。

彼は化石分布の共通点を拾うことで、散らばった大陸の起源は、一つの「超大陸パンゲア)」であったと結論づけたのだ。ただ、大陸を動かす原動力が見当たらないことから、多くの批判を浴びた。しかし、この大陸移動説は、現代社会において、ほぼ受け入れられている。時代がようやくウェゲナーに追いついたという話だ。

しかし、考えてみると地球が生まれて46億年。超大陸ができたのが2.5億年前。日本がユーラシアから分裂したのが1500万年前。このタイムスケールを考えると、大陸が今の形になったのは、つい最近の話ということw 

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で、もう一冊の科学本。スノーボールアース。さっきの2.5億年前の超大陸の時代以前、少なくとも3回、地球が分厚い氷に覆われた時代があるという。赤道ももちろん例外ではなく、氷に覆われた。しかも氷河期といった生易しいレベルではなく、極度の寒冷化でありその氷床の厚さは1㎞を超えていたと言う。

面白いのは、最終的に氷が溶かしたのは、意外にも太陽光ではなく、蓄積された温室効果ガスによるものだという。さらに面白いことに、その氷が溶けた際、生物相が劇的に変化している。その理由は今もって謎のまま。酸素レベルの急上昇という説もあり、科学者の論争となっているという。

このサイエンス書籍2冊を同時読みしたのだが、変な時空感覚に陥る。何しろ地球が生まれて46億年なのだ。西暦2000年なんぞ、ほんの一瞬の出来事でしかない。こういうタイムスケールを味わうと、自分が悩んでいることなんぞ、本当にどうでもいいことに思われる。まあ、実際どうでもいいことなのだがw 

形はどうあれ、科学のスケール感は人生を救ってくれる。今の子供達はこの二つの説を知っているのだろうか。このスケール感覚を知っている人間と知らない人間で、人生のどこかで差がつくような気がする。残念ながら、僕は知るのが遅すぎたw

日本酒に乳酸菌が入っている?

日本酒を飲むときに、よく裏ラベルを読む。蔵や杜氏の哲学が記載されていて、それを読むのが最高の肴になったりする。特に、新政の裏ラベルは毎年言葉が変わるので、飲む度に違う楽しみを味わえる。なので、その表現に引っかかりがあると、妙に気になる。

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笑四季のお酒。そのボトルの裏ラベルに記載されている「乳酸菌酒母がもたらす軽快にして濃密な味わい」というメッセージ。皆この意味がわかるだろうか。自分はわからなかった。まず乳酸菌酒母が不明だ。そして「軽快にして濃密な味わい」という矛盾する表現が混在している。どんな意図が隠されているのだろうか。

まずは、乳酸菌酒母という言葉。消費者は、この日本酒には乳酸菌が入っているんだな、という認識を持つだろう。酒母?何だろう?母と言うからには、何やら酒の元のことを言うんだろう。とにかく、クリーミーな味わい。女性なら、ビフィズス菌で腸活によさそう。大部分はこう解釈するのではないか。

ググってみた。高温糖化+乳酸菌添加型の作法で酵母を増殖させる手法を採用しているらしい。速醸とも山廃とも断定しにくい酒母である。メリットは不明だが、高温糖化によるスピード向上、乳酸菌の直接添加による山廃タッチの味わい、と予想するが、違うかもしれない。ただの推測。

あ、本筋はそこではなく、「乳酸菌酒母」というワードが必要か否か。酒質設計の中で、乳酸菌の添加の必要性は理解できるが、それを消費者にどう伝えるか。重要な戦略だと思う。味わいを伝えたいなら、乳酸菌酒母という難解な用語は使わない方がいい。乳酸菌が入っているという誤解、酒母という意味不明な専門用語。製造プロセスに精通していないと理解できない、極めてハードルの高いポップなのだ。

「軽快にして濃密な味わい」という言葉も解釈が難しい。両方を感じられるのであれば、どの時点でそれを感じるのかを明記した方がいい。入口(口中)で軽快、出口(喉)で濃密を感じるのか、はたまた逆なのか、感じる部位が異なるのか。全体の印象として、軽い酒なのか重い酒なのか、がわからない。消費者は単純にそれを知りたいはず。でもわからない。

誤解してほしくないのは、このSensationは本当に美味しい。月1本は飲んでいる。その愛着やハイレベルと思うが故の疑問である。もちろん、メッセージ性が高い酒蔵であることは理解している。だからこそ、理解しやすいキャッチーなアピールがほしい。それを酒の肴にしている人は少なくないのだ。